MENU TEL

Blog記事一覧 > 院長ブログ > 裁判員裁判

裁判員裁判

2020.01.28 | Category: 院長ブログ

今回「高裁」で裁判員裁判によって「死刑」が求刑された事件が「無期懲役」にされました。死刑制度の賛否は違う機会に行うとして、今回は裁判員裁判について私の意見を投稿します。始めに裁判員裁判に私が任命されても拒否せざるを得ないです。何故なら他の人にやってもらえる仕事では無いからです。その場合は断ることが出来ると聞きましたけど真偽のほどは不明です。今回の内容は「国民の貴重な時間と決意の決定の末の死刑判決を覆していいんですか?」という事です。そもそも裁判員裁判は今までの判決が国民の考え方や感情と解離し過ぎているから始まったと理解しています(違ったらゴメンナサイ)。確かに国民の判断で判決が実施される事は危険も有ります。選ばれた国民の中には感情的に判断してしまう人もいるでしょうからです。でもそれは紛れもない一人の国民の感情であることも事実で、少なからず国民の感情を反映している筈です。かといって偏った判決は危険なので多数の合議制で結果を出す訳で、感情的判決を防ぐ為に考えられた方法です。国民の貴重な時間と、たとえ犯罪者と言えども自分たちの判断によって「人の命を絶つ」結論を出した裁判員の方々の決意を考えると私なら「覆すなら最初から裁判官がやればいいじゃないか!」と怒りがこみ上げて来ます。裁判官は過去の判例と照らし合わせて判決すると理解していますけど、時代は常に変化して新しい犯罪が次々発生しているのに「過去の判例」って変ではありませんか?無期懲役になりたいと殺す人数を意識して犯行に及び、無期懲役判決が出ると万歳三唱する人を裁判所で見る遺族感情はいかほどなのか。三人以上の殺人ならば死刑となり、それ以下なら無期懲役との判断基準の分れ目は本当なのか分かりませんけど「人の命」に一人も二人、ましてや三人も有りません。また大量殺人は精神異常を理由に無罪とか信じられません。偶然で無ければ相手が憎くても「人の命を絶つ行動」は正常では行えません。そう考えると殺人は全て精神異常となり全て無罪?それなら大量殺人なら尚のこと無罪となりますよね。映画ではありませんけど肉親を殺されたら犯人を殺したい感情は分からなくもありません。しかし日本は法治国家です。でもでも百歩譲っても目の前で万歳三唱なんてされたら感情を抑えれるとは断言出来ません。お断りですが「万歳三唱をした犯罪者」は上記の裁判員裁判とは無関係ですので混同しないで下さい。「罪を憎んで人を憎まず」とは立派な言葉です。その言葉を元に、いつか仕事を離れて裁判員に選ばれたら熟考して判断したいと思います。

当院へのアクセス情報

全快堂

所在地〒458-0822 愛知県名古屋市緑区大将ケ根2-1043ベルメゾン1F-A
駐車場10台
電話番号 052-624-6503(電話予約は必ず必要になります)
休診日祝日午後・土曜日午後
※日曜日(隔週)お休み
院長宮木 謙三