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中村久子を思い出す

2016.04.04 | Category: 院長ブログ

先日、映画『奇跡の人』でヘレン・ケラーを演じられた『パティ・デューク』さんが亡くなられました。ヘレン・ケラー女史は偉大な方ですし彼女を教えたサリヴァン先生もまた偉大な方だと思います。しかし、そのヘレン・ケラー女史に『私よりも不幸で、そして偉大な人』と言わしめた岐阜県出身の『中村久子』さんの事を思い出しました。ご存知ですか?私が尊敬して尊敬して最も尊敬する人物の一人です。中村久子さんは幼くして両腕は上腕の半分、両脚は大腿の半分という身体になられて(失礼ですが乙武洋匡さんのような感じです。お許し下さい)、しかし包帯を巻いた両腕で日常生活は勿論、裁縫は職人技で着物や布団までも作り、書道も達筆で後に『見世物小屋』で大道芸人として役立ちました。それも全て久子さんの母親が心を鬼にして『自分が死んだ後も一人で生きていけるように』と仕込んだ結果でした。どれほど我が子の行く末を心配して亡くなられたかと思うと涙が尽きません。その気持ちに最初は気付かず恨んだ久子さんも後に感謝しています。彼女の人生は前半、不幸の数珠繋ぎでした。しかし母親の忍耐力と久子さんの努力と負けん気により考えられないような困難を乗り越え、世間から絶賛されヘレン・ケラー女史に会うという地位まで上り詰めます。そして人々に自分の人生について、どのように困難を乗り越えたかを語ります。しかしその瞬間『自分はなんて横暴なんだ。いつから自分は人を教えれるような偉い人間になったんだ』と自分の驕りに驚き、深く反省して帰らなくても良い見世物小屋に戻って行きます。日頃から少し忙しかったり、少し大変な事が有ると不平不満を言ったり人のせいにしたり私達は横暴です。久子さんやヘレン・ケラー女史や無名のうちに人生を終えた方々の苦労に比べれば私の苦労など苦労のうちに入りません。またハンセン病で今でも差別をされている人々が現在もいる事実を忘れてはなりません。ハンセン病は簡単には感染しないと分かった今でも彼等は死んでも家族の墓には一緒に入らせてもらえないのです。本当は最も味方になってくれる筈の家族から存在すら抹消されているのです。勿論、自分から家族に迷惑をかけたくないと縁を切ってしまう方々もいると聞きます。悲しい話ですね。日々の快楽に溺れ、少しのトラブルに怒りを覚えて恥ずかしい限りです。最後に私も直ぐ驕ってしまう為に壁や天井に文字を書き、私の机の横には久子さんの写真が貼ってあります。謙虚に、そして小さな幸せに感謝しましょう。長文お許し下さい。

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全快堂

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※日曜日(隔週)お休み
院長宮木 謙三