
食事中に読んでる方が居ましたら読むのは食事後にしてください。今日は『臭い話』です申し訳ございません。私は毎日ほぽ同じ食事内容なので大きく外れる食事はしません。とはいえ毎日かなり多くの食材を摂っているので過信はしませんが毎日の食事は正しい「元気=正解」と考えています。毎日同じ食事内容なので結果として便の臭いも同じようなものです。しかし昨日の便の臭いは「えっ?」というものでした。便が臭いなんて当たり前ですが、いつもと全く違う薬品の臭いがしたのです。「何の臭い?こんな薬品の臭いが便の臭い?」そして何か違った物を食べたか考えると、色々有りまして久しぶりに8cm程のウインナーを2本食べたことを思い出しました。違うかもしれない、偶然かもしれません。しかし体調も同じようなもので普段と違う物を口に入れたのは「それだけが」違っていたというも事実です。暫くしたら同じ状況を作ってみます。これも同じように生活しているからこそ分かることです。答えは何処に有る?
今月3日の練習後に体調不良で医療機関に搬送されたラグビー選手(26)が熱中症で亡くなりました。ご冥福をお祈りさせて頂きます(合掌)。リーグワンに加入している196cm117kgの屈強な身体の持ち主でも練習の激しさ、体調によっては熱中症になったり最悪亡くなったりするんだということを「誰もが例外無く十分注意しなければいけない」と肝に銘じなくてはいけません。しかし「注意する」ことと「無理しない」の線引きは漠然と分かっていても非常に難しいです。昨日は炎天下を1時間20分ほど走りました。確かに他の人が走ると聞けば「炎天下は止めなさい」「1時間以上は走り過ぎ」と言うと思います。それなのに自分は走る、何処かに「自分は大丈夫」という油断や傲慢の表れと言われれば否定できません(反省)。かといって運動は最低限必要なので止めることは出来ません。だから気温や距離を十分考慮して続けようと思います。再度、どれほど屈強でも健康でも若くても安心•過信は駄目です。くれぐれも十分な注意をしましょう。
昔から言われていることですが『足首が硬いのは良くない』と。足首が硬ければ立つ•歩く•走る•跳ぶ•着地するという動きの全てに悪影響を与え、足首→膝→股関節→仙腸関節→脊椎→脳等々、全てに悪影響を伝染させることは想像出来ますから当然と言えば当然です。しかし特に感じるのは「もっと深い意味が有る」と思えてきたのです。『もしかしたら足首が硬い時は精神状態が良くない時なのでは』という図式が薄々感じていたのが最近は如実に感じられるのです。逆に言えば「足首を軟らかくすれば精神状態も安定する」ということです。昔から言われていたこととはいえヒトの身体は奥が深いと改めて感じました。
シャンパンタワーをテレビ等で一度は見たことが有ると思います。シャンパングラスが美しいピラミッドの形を作って注がれたシャンパンが上から下へと滴り落ちて全てのグラスがシャンパンで満たされていく。本来なら経済もシャンパンタワーの如く有るべきです。しかし我が国のシャンパンタワーの形は諸外国と比べて極端に『歪な形』で30年間保たれていました。その形とは一番上に巨大なシャンパングラスが鎮座し、その巨大なシャンパングラスを支える小さなグラスは何時割れるか分からない空の状況でグラスがシャンパンで満たされる時を待ち続けて構図です。その間にも上の巨大なシャンパングラスには次々シャンパンが継ぎ足されていますが一向に下のシャンパングラスには1滴のシャンパンも流れて行きません。待ち続けて30年の時が過ぎて国が重い腰を上げて『賃上げ』を指示しました。日本経済のたった1%大企業が『実は儲かっていました』と過去最高益を軒並み発表するのは渋っていた『賃上げ』をするように命じられたので「今しかない」と「儲かったから賃上げします」と言えば従業員は怒らないだろう「儲けを隠していたのではない。会社が潰れないように万が一に対する備えだった。会社が倒産したら君たちも困るだろう」と自分たちの報酬は何億•何十億円という凄い報酬も賃上げを交換条件に『いけしゃあしゃあ』と受け取っています。少しずつ日本経済は大企業から99%の中小企業へと利益が下がり始めました。しかし上部の中小企業から下部の中小企業へ、そして更に零細企業の従業員に賃上げが波及することでしょう。しかし零細企業の従業員に及ぶにはまだまだ相当な時間が必要ですから今後も暫く倒産件数が高いことが予想されます。大きなシャンパングラスからは政治家や官僚にシャンパンが上手に流れるので何の問題もありません。他の国のように普通のシャンパンタワーなら今頃豊かな日本だったことでしょう、残念です。
今日は(金)で13:30からの治療なので午前中に床屋に行きました。その帰りに『ほんの少し』(1.5km)走りましたが暑い!走っている最中も暑さを感じましたが、全快堂に着いてからの汗止まらない!室内を冷やしながら準備していましたが適温が分からない。まだ暑いのか?それとも低くするべきか?患者様は適温に感じるのだろうか?とりあえず室温計を見ながら多くの方が『丁度いい』と感じるであろう温度に設定しています。しかし室温は難しいですよね。一般的に男性の方が暑がりですが、女性は年齢によって暑がりになったり寒がりになったりとホルモンの関係で変化します。また今ではエアコンの無い場所が少ないほど完備されていますので男女共に1枚羽織れる準備が必要です。ほんの少しの外出でも無理しないようにしてください(お前が言うな!)。全快堂は大丈夫かなぁ?
今朝の風は冷たい。信じられないほど冷たい風でした。気温は今日も高いでしょうし、きっと残暑もキツいと思います。しかし今朝の風は冷たかった、完全に盆明けの風『秋の風』でした。季節が早く動いている、夏が早く来たけど秋も早く来るだろう。今年は秋が長いかもしれない、ということは空気が乾燥し感染症が再び大流行するかもしれない。きっと昔の人々は医療技術が発展して無かったから、いち早く自然の気配を肌で感じて対処して難を逃れていたのでしょう。では私たちは医療技術が発展したから大丈夫なのでしょう。とんでもない!本当に医療技術が発展していたら『コロナの大流行』なんて無かった筈です。アホな現代人は得意気に科学技術•科学知識が大きく発展したと考えている人々がいるが、大きくなったのは勘違いだけで人類は何も進歩していない、変わっていない。ウイルスを封じ込めれずウイルスに感染すれば体調を崩すという図式は何も変わらず、分かったのは感染症の原因が『悪魔』では無く『ウイルス』だったことで「予防」も「回復」も鍵を握っているのは『腸』だということで古代人も現代人も全く同じです。大火事にするかボヤ騒ぎで済むかは前回のコロナ騒ぎで学習済みと思いきや、科学技術の発展を信じている多くのアホな現代人は同じ轍を踏むだろう。私は『腸活』をしますが当然「正しい腸活」です。ヨーグルトを食べる?オリーブ油を使う?発酵食品•乳製品を食べる?前回と同じことをしても感染した方が続けて行うって「何で?」と思うけどヒトは2週間続けると習慣に為り、変えるには大きな決意が無いと変えられないのです、宗教が良い例です。宗教の話が出たので無宗教•無宗派の宗教とは無縁の私が霊力が無いのに困った時だけ祈ります。再び感染症が大流行しないことを願いましょう。今からの予防が快適な生活に繋がります。
自分が今まで行ってきた生き方や信念、信じていた物を変えるのは勇気が必要です。それが長年だったり高価な物で有れば変える決断は「かなり」大変です。新患の方が非常に高価なサプリメントを使っています。それを使い続けて数年経過しているのに症状は改善していないのは周囲の人々も家族も分かっていますし、本人も自覚しているのに使い続けているという不思議な状況で来院されました。そのことを指摘すると『分かってます』と。「症状を改善したくて本日は来院されたのですよね?」と尋ねると『勿論です』と。「それならコレは邪魔なので止めませんか?薬なら私は口出し出来ませんが」と友人に勧められた超高級サプリメントのことを伝わると『だって高いから』と何故か効効果•効用では無く値段のことを言うのです。「高いから効果が有ると思っているのですか?だったら数年使い続けて今どうですか?改善して無いから来たんですよね?」と聞くと『そうです』「だったらそろそろ次の1歩を踏み出しませんか?」の問答が暫く続き本人は少しの間、大変高価なサプリメントを止める決心をしました。勿論無理に止めさせたのではありませんので。翌日今度は家族から電話で『今まで続けてきたのに勿体ない』という話でした。「そこまで言うなら私は口出ししません。ただ私は冷静に考えて数年使い続けて改善しなかったのなら一度止めて他の方法も考えてみては?と伝えただけですから家族で話し合ってください」と言って電話を切りました。1週間後その方が来ましたが高級サプリメントの話はしませんでした。私は私の治療を行うことで『お代』を頂いているので『それ以上でもそれ以下でも』ありません。ただ私の家族なら止めさせる代物でしたから伝えただけです。酷い言い方ですが副反応で苦しんでも自業自得なので今後の推移を見てみようと思います。東京~大阪に行くのに交通手段が色々有るように治し方も1つではありません。治療も早い•遅い•表面だけ•芯からと多種多様です。どれが正解または間違いではありません。さてどうなるかなぁ。
こんな話が有ったって信じれます?作り話かホンマの話か?「また冷や麦かよっ!」と息子が言って喧嘩になった話を聞きました。夏休みになり三食作る身にもなれば「食べれるだけでも感謝しなさい!」と反撃するのも理解出来ます。でもその次の一言が「えっ?それは」となり、お母さんに傾きかけていた私の気持ちが一氣に息子さんの側に動いてしまった私の判断は駄目でしょうか?決定打となったお母さんの一言とは「またって何よ!昨日は『そうめん』だったでしょっ、今日は冷や麦よっ。違うじゃない!」って言ってやったのよ、と誇らしげに。確かに『そうめん』と『冷や麦』は違うと言えば違いますが息子さんの気持ち、お母さんには悪いけど十分分かります。皆様はどう思いますか?暑い日が続き、外出出来ずにエアコンの部屋でゲームばかりやっている息子さんを見てイライラしている気持ちは理解出来ますが『お互い様』ということも。とりあえずジャッジはしませんでした。これはホンマの話?さ~てっ。
本日のテーマの「色」とは「物の色•カラー」では無く『人の特徴』です。勿論白人•黒人•黄色人種という話でもありません。私は色々なセミナーに出席しています。今週は現地に行くのが3つでZOOMが3つですが興味深いのが全てのエリアの参加者に特色を感じるのです。ギスギス•ピリピリ•という人が多いセミナーが有ればドヨ~ンとしているセミナーも有ります。先日も少し触れましたが(最近凄く感じるので)「あっこの空間って心地いい」というセミナーは雑味が無いという無色透明感で『圧』が無いのです。上手く行っていない集団のセミナーは『圧』も『雑味』も凄くて居座ると疲れます。だから少しでも早くその場を離れたいと感じてしまいます。それは患者様も感じるでしょうし治療効果も少ないので「どれほど良い治療法だとしても」「どれほど高価な受講料だったとしても」それは使いません。私は凡人で『氣』を操るとか何かしらを感じることは出来ません。しかし誰もが感じる程度のものなら私も感じるワケで嫌なものは持ち込まないようにしていますし氣が付いている人は極々一部の方だけですが、全快堂に入らないように結界を張っています。そちらの話を掘り下げるのは止めますが全快堂に来て心身ともに元氣になって帰れるように今後も努力します。
結局ヒトは『自分の尺度』でしか物を考えられないから争いが起こると言えます。争いまで発展しなくても不快な気分に陥る多くが『自分の尺度』が関係していると考えられます。『もう少し頑張れるだろう』『もう駄目だ』『あと一歩ぐらい』『その一歩が無理』等、本人と周囲の人々との尺度の差が大きいほどトラブルに発展します。出来る人から見れば「根性無し!」「諦めが早い」と。でも死ぬまで頑張ってしまう場合も有りますから「もういいよ」「止めようよ」という人も。誰も先のことは分からず正確な身体や精神のことは分かりません。『無理』しているのかは他人には分かりません。それどころか本人さえも分からないかもしれないのです。同じ人でもコンディションで出来ていた動作が急に出来なくなることも有るのです。さっきは立ち上がれたのに例えば熱中症に為ったら動けなくなることも有るのです。それが「脳梗塞」や「くも膜下出血」かもしれません。「何を甘えているんだ!」暑い夏だとエアコンの効いた部屋に隠りっきりで子供に向かって「筋力低下するから少しは外に出たら?」というのも外気温と体調をよく見て考えてから言ってください。過信も無理もズボラも駄目。でも一番駄目なのは急に行うことです。ミッション車と同じ、1速•2速•3速と順序良く。